木坂46のメンバーとして活躍し、モデルや俳優としても注目を集めている遠藤さくらさん。
そんな遠藤さくらさんについて、「蕎麦屋との関係は?」「誰が経営しているの?」「父親は以前ラジオディレクターだったって本当?」と気になっている方もいるのではないでしょうか。
調べてみると、遠藤さくらさんの蕎麦屋として知られるお店は父親が経営しており、父親は元ラジオディレクターという異色の経歴を持つ事が分かりました。
また、なぜラジオディレクターから蕎麦屋経営へ転身したのか、その背景にも理由があるようです。
そこで今回は
・遠藤さくらさんの蕎麦屋は父親が経営!
・遠藤さくらさんの父親が元ラジオディレクターから蕎麦屋に転身した理由
について解説します。
遠藤さくらの蕎麦屋は父親が経営!

遠藤さくらさんの実家は、父親が経営する蕎麦屋です。
父親は名古屋市内で路麺えんそばの飲食店を経営しており、遠藤さくらさんが乃木坂46の冠番組で父親の職業について語った事をきっかけに、蕎麦屋を営んでいることが広く知られるようになりました。
2010年伏見に「路麺 えんそば」1号店をオープン。その後、錦2丁目店に2号店。今年2月2日には円頓寺に3号店がオープン。
出典:名古屋激呑魂
遠藤さくらさんの父親本人へのインタビューでは、遠藤泰亮さんが路麺えんそばのオーナーとして紹介されており、2010年に伏見で1号店を開店した経歴も掲載されています。
遠藤さくらの父親が元ラジオディレクターから蕎麦屋に転身した理由

遠藤さくらさんの父親が蕎麦屋を開業した背景には、名古屋には気軽に立ち寄れる立ち食い蕎麦店が少ないと以前から感じていた事があったようです。
また、ラジオ制作や広告、イベント関連の仕事が多忙になる中で、家族との時間や今後の働き方について考えるようになったことも、開業を後押ししたとされています。
こうした思いから、以前から抱いていた名古屋に蕎麦屋を作りたいという考えを実現するため、飲食業未経験の状態から蕎麦店で仕事を学び、開業に至りました。
実は開店前の前職は、名古屋のFM局のラジオディレクター。主に音楽関係のディレクターだったという遠藤の父
出典:モデルプレス
遠藤さくらさんの父親は、蕎麦屋を始める前に名古屋のFM局でラジオディレクターをしていたと紹介されています。
また、遠藤さくらさんは乃木坂工事中で、父親が音楽関係のディレクターとして働いていた事や、現在は蕎麦屋を経営している事について語っています。
1993年ZIP-FM開局の時にはじめて名古屋に来て東京から通いで7年、名古屋に住み始めたのは2000年だね。
ラジオの制作会社を辞めて独立、ラジオ番組制作しながら広告代理店やイベントプロデュースをやってたんだけど忙しくなり過ぎて…
出典:名古屋激呑魂
父親本人のインタビューによると、東京出身の遠藤泰亮さんは、1993年のZIP-FM開局を機に名古屋でラジオ制作の仕事に携わるようになりました。
その後、ラジオ制作会社から独立し、ラジオ番組の制作をはじめ、広告代理店やイベントプロデュース等の仕事を手がけていたそうです。
ラジオの仕事で東京から名古屋に来るようになった頃、「立ち食い蕎麦屋がない」ってことに気付いて。
出典:名古屋激呑魂
遠藤さんは、安く気軽に利用できる立ち食い蕎麦店が名古屋に少ないと10年以上感じており、次第に自分で店を開こうと考えるようになったと語っています。
自分の会社だから自由に何でもできるし、色々考えて50、60歳になっても働くイメージが沸くものがいいなと。それで閃いたのが蕎麦屋。
出典:名古屋激呑魂
また、独立後は仕事が忙しくなり、家族と過ごす時間を十分に取れないこともあったそうです。
将来の働き方を考える中で、遠藤さんは「これからも長く続けていける仕事は何か」と考えるようになり、以前から温めていた蕎麦屋の開業を具体的に考え始めました。
「1年の修行で全部覚えてやろう!」、って意気込みで東京の実家に泊まりながら10ヶ月東京のチェーンの立ち食い蕎麦屋で働いた
出典:名古屋激呑魂
仕込みの方法をはじめ、店舗運営やスタッフのシフト管理など、実際の現場で店を運営するためのノウハウを身につけたといいます。
蕎麦を作る技術だけでなく、手頃な価格でおいしい商品を提供しながら、店舗を経営していく方法を知ることが目的だったようです。
ラジオ業界で仕事をしてきた遠藤さんが、名古屋の立ち食い蕎麦事情への思いと自身の今後の働き方を考えた末に、新たな道として選んだのが蕎麦屋だったといえます。
まとめ
今回は、遠藤さくらさんと蕎麦屋「路麺えんそば」の関係や、父親の遠藤泰亮さんが蕎麦屋を始めた経緯について紹介しました。
「路麺えんそば」は、遠藤さくらさん本人が経営する店ではなく、父親の遠藤泰亮さんがオーナーとして手がけてきた店舗です。
遠藤さんは、乃木坂46の冠番組で元ラジオディレクターと紹介された事もあり、音楽、ラジオ業界での経験を経て、飲食店経営へと転身した経歴があります。
蕎麦屋を始めた背景には、名古屋には安く気軽に利用できる立ち食い蕎麦店が少ないと感じていたことに加え、仕事が忙しくなる中で、これからの働き方や家族との時間を考え直したことがあったようです。
開業前には東京の立ち食い蕎麦チェーンで約10か月間勤務し、仕込みや店舗運営などを現場で学んだ後、2010年に名古屋・伏見で路麺えんそばの1号店を開業しました。
このように、実家が蕎麦屋として知られる背景には、父親がラジオ業界で培った経験だけでなく、名古屋の食文化に対する思いや、将来の働き方を考えたうえでの転身がありました。
なお、遠藤さくらさんの父親や店舗関係者は一般の方です。
店舗を訪れる際は、アイドルに会える場所としてではなく、一般の飲食店として節度ある利用を心がけましょう。
また、営業時間や休業日などは変更される場合がある為、来店前に公式の案内を確認する事をおすすめします。

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